うちの畑の隅に、植えた覚えのないキキョウが一株だけ咲いていたことがあります。
おそらく昔この土地に自生していた株の生き残りか、鳥が種を運んできたのでしょう。
青紫の星形の花が夕方の畑にぽつんと立っている姿を見て、派手な園芸品種に囲まれて仕事をしてきた私のほうが、なぜか背筋を正されたような気持ちになりました。
こんにちは、Blooming Harmonyの山田です。
環境に負荷をかけない花づくりを目指して、日々畑と向き合っています。
今回のテーマは「在来種の花」です。
在来種とは何なのか、なぜいま庭に取り入れる価値があるのか、そして実際にどう始めればいいのか。
花農家として在来種と付き合ってきた経験を交えながら、順番にお話しします。
読み終わる頃には、園芸店の棚を見る目が少し変わっているはずです。
目次
そもそも「在来種の花」とは何か
在来種という言葉、聞いたことはあっても、正確な意味となると案外あいまいなものです。
まずはここを整理しておきます。
在来種・園芸品種・外来種の違い
在来種とは、その地域に昔から自然に生えてきた植物のことです。
人間が持ち込んだのではなく、長い年月をかけてその土地の気候や土、虫や鳥との関係の中で生き続けてきた植物、と考えてください。
対になる言葉が外来種で、こちらは人間の活動によって本来の生育地以外から持ち込まれた植物を指します。
そして園芸店に並ぶ花の多くは、在来種・外来種を親にして人間が改良を重ねた園芸品種です。
| 区分 | 意味 | 例 |
|---|---|---|
| 在来種 | その地域に昔から自生してきた植物 | キキョウ(野生種)、オミナエシ、ホタルブクロ |
| 園芸品種 | 人間が観賞用に改良した品種 | パンジー、ペチュニア、キキョウの園芸品種 |
| 外来種 | 人間活動で他地域から持ち込まれた植物 | オオキンケイギク、セイタカアワダチソウ |
ややこしいのは、同じ「キキョウ」でも野生の在来種と園芸品種が両方存在することです。
江戸時代から改良が続いてきた花なので、店頭で買えるキキョウの多くは園芸品種にあたります。
それでも日本の風土で磨かれてきた血筋であることに変わりはなく、庭に迎える入口としては十分だと私は考えています。
秋の七草は、ぜんぶ在来の花
在来種の花と聞いてもぴんとこない方は、秋の七草を思い浮かべてみてください。
ハギ、ススキ、クズ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、キキョウ。
万葉の時代から歌に詠まれてきたこの七つは、どれも日本の野山に自生してきた花です。
春の七草が「食べる」七草なのに対して、秋の七草は「眺める」七草だとよく言われます。
千年以上前の人たちが観賞用として愛でた花のリストが、そのまま在来種の花の入門リストになっている。
これは考えてみればすごいことです。
野生では消えつつある花たち
ところが、その秋の七草がいま野生では危機に瀕しています。
キキョウは環境省のレッドリストで絶滅危惧種に、フジバカマも準絶滅危惧に指定されています。
花屋には並ぶのに野山では見つからない、という逆転現象が起きているわけです。
原因のひとつは、開発や手入れ不足で草原が全国的に減ってしまったことです。
昔の里山では、人が草を刈り、茅を採ることで明るい草地が保たれ、そこにキキョウやオミナエシが咲いていました。
人の暮らしが変わると花の居場所も消える。
この関係を知ったとき、私は庭や畑で在来種を育てることの意味が少し違って見えてきました。
在来種の花を庭で育てる意味
「わざわざ地味な野の花を植えなくても」と言われることがあります。
実際、半分は当たっています。
それでも私が在来種をすすめる理由を、畑で感じてきた実感からお話しします。
風土に合っているから、無理をさせなくていい
在来種の最大の強みは、日本の気候を織り込み済みで生きていることです。
梅雨の長雨、真夏の蒸し暑さ、冬の寒さ。
海外生まれの草花が苦しむ場面を、在来種は涼しい顔で乗り切ることが多いのです。
これは育てる側の負担に直結します。
水やりの頻度も、夏越しの工夫も、薬剤への依存も減らせます。
うちの畑でも、輸入系の草花には遮光ネットだ水切れだと手を焼く一方で、隅に植えたオミナエシは植えっぱなしでも毎年律儀に咲いてくれます。
化学農薬や化学肥料を減らしたい方にとって、そもそも丈夫な植物を選ぶことは一番の近道です。
有機栽培の記事でもお伝えしてきた考え方ですが、その入口として在来種はとても素直な選択肢だと思います。
在来の虫や鳥の「食堂」になる
在来種の花は、その土地の虫たちと長い時間をかけて関係を築いてきました。
だから庭に在来種を植えると、蜜や葉を目当てに在来の昆虫が集まり、それを食べる鳥もやってきます。
東京都環境局が公開している在来種選定ガイドラインでも、これまでの緑化が樹形や管理のしやすさを優先し、地域の生態系への影響をあまり考えてこなかったこと、在来種の植栽が地域本来の生きものの生息場所になることが指摘されています。
行政がわざわざガイドラインを作るほど、この視点は緑化の世界で重みを増しているのです。
わかりやすい例がフジバカマです。
秋に旅をする蝶として知られるアサギマダラは、フジバカマの蜜が大好物です。
庭の一角に植えただけで、あの薄浅葱色の翅が舞い込んでくる可能性がある。
一坪の花壇が、渡り蝶の給油所になるのです。
うちの畑でも、在来種の区画とそれ以外とでは、飛んでいる虫の顔ぶれが明らかに違います。
在来種の区画にはマルハナバチや小さな甲虫、名前を知らない蛾まで、とにかく訪問者の種類が多い。
以前ビオトープの記事で「水辺が生きものを呼ぶ」という話をしましたが、在来種の花壇は陸のビオトープのようなものだと感じています。
庭に季節の物差しが戻ってくる
もうひとつ、これは理屈というより感覚の話です。
在来種の花は、日本の季節にぴったり重なって咲きます。
ホタルブクロが咲けば梅雨入りが近く、オミナエシが黄色く色づけば残暑の中にも秋の気配がある。
一年中何かしら咲いている園芸品種の花壇とは違う、「その時期にしか会えない」という贅沢が在来種にはあります。
五感で花と付き合う話は以前の記事にも書きましたが、季節を肌で感じる装置として、在来種の右に出るものはありません。
子どもと一緒に育てれば、そのまま生きた季節の教材にもなります。
日本の風土に合った庭づくりの始め方
では実際に始めましょう。
難しく考える必要はありませんが、順序だけ意識すると失敗が減ります。
まず、自分の地域に何が生えていたかを知る
在来種とひとくちに言っても、北海道と沖縄では顔ぶれがまるで違います。
本当の意味で風土に合った庭にしたいなら、自分の住む地域にもともとどんな植物が生えていたかを知るところから始めてください。
先ほどの東京都のガイドラインには地域ごとの植生資料が付いていますし、他の自治体でも緑化向けの在来種リストを公開しているところが増えました。
「お住まいの都道府県名+在来種+緑化」で検索してみると、思いのほか資料が見つかります。
地域の植木市や山野草の即売会をのぞいてみるのもおすすめです。
地元の生産者さんと話すと、図鑑には載っていない「この辺りではこれが強い」という生きた情報がもらえます。
もっと手軽な方法もあります。
近所の神社の境内や、昔から手入れされてきた土手や畦道を散歩がてら観察してみてください。
そうした場所には、その土地で生き残ってきた植物の顔ぶれが案外そのまま残っています。
私も新しい花を畑に迎えるか迷ったときは、まず近くの野山で親戚筋の植物が元気にしているかを見に行きます。
初心者におすすめの在来種の花
とはいえ最初の一歩は、丈夫で入手しやすい定番からで構いません。
私が実際に育ててみて、初心者の方にすすめやすいと感じる花を挙げます。
| 花 | 開花期 | 特徴 |
|---|---|---|
| オミナエシ | 8〜10月 | 秋の七草。丈夫で植えっぱなしでも毎年咲く |
| キキョウ(園芸品種) | 6〜9月 | 星形の花。鉢植えでも育てやすい |
| カワラナデシコ | 6〜9月 | 繊細な花びらが魅力。日当たりと水はけを好む |
| フジバカマ | 8〜9月 | アサギマダラが来る蜜源。香りもよい |
| ホタルブクロ | 6〜7月 | 半日陰でも育つ釣鐘型の花。手間いらず |
ひとつ注意点があります。
店頭で「フジバカマ」として売られているものの多くは、フジバカマとサワヒヨドリの雑種であるサワフジバカマだと、NHK出版の趣味の園芸の図鑑でも紹介されています。
蜜源として楽しむ分にはどちらでも良いのですが、「本来の在来種を植えたい」という方はラベルや生産者の説明をよく確かめてください。
植え付けと管理のコツ
在来種は放任でよく育つ一方、少しだけ癖もあります。
押さえておきたいポイントを挙げます。
- 植え付けや種まきは秋が基本。冬の寒さに当たることで、春にきちんと目覚める種類が多い
- 日当たりと水はけの良い場所を選ぶ。草原生まれの花はとくに日照が命
- 肥料は控えめに。やせ地育ちの花に肥料をやりすぎると、徒長して倒れやすくなる
- 増えすぎる種類は数年ごとに株分けする
最後の株分けは、フジバカマで特に大事です。
京都市都市緑化協会の栽培相談によると、フジバカマは地下茎の繁殖力が非常に強く、放っておくと外へ外へ広がった末にかえって自滅してしまうそうです。
2〜3年に1度、できれば毎年、新芽が動き出す頃に掘り上げて株分けしてあげてください。
うちでもこれを怠った年があり、翌シーズンに株の中心がぽっかり空いてしまいました。
元気に見える植物ほど、実は人の手を少し借りたがっています。
マンションのベランダなど、庭がない環境でも心配はいりません。
キキョウやカワラナデシコは深めの鉢でよく育ちますし、鉢植えなら増えすぎの管理もかえって楽です。
以前ご紹介した立体花壇の考え方と組み合わせれば、限られたスペースでも季節のリレーが組めます。
水やりは庭植えより乾きやすい分だけこまめに、ただし受け皿に水を溜めない。
このあたりは普通の草花と同じ感覚で大丈夫です。
始める前に知っておいてほしいこと
在来種の庭づくりには、気をつけないと逆効果になる落とし穴もあります。
ここは正直にお伝えします。
庭に植えてはいけない花がある
初夏の道端で、コスモスに似た黄色い花の群生を見たことはありませんか。
あれはオオキンケイギクという北米原産の花で、じつは栽培が法律で禁止されています。
環境省九州地方環境事務所の解説ページにあるとおり、オオキンケイギクは2006年に特定外来生物に指定され、栽培や生きたままの運搬、譲渡が原則禁止になりました。
繁殖力が強すぎて、在来の野草の生育場所を根こそぎ奪ってしまうからです。
きれいだからと庭に植えたり、摘んで持ち帰ったりしてはいけません。
かつては緑化に使われ、苗が普通に売られていた花です。
「売られていた花が、いまは禁止されている」という事実そのものが、外来種問題の根の深さを物語っています。
野山から掘って持ち帰らない
もうひとつやってはいけないのが、山野草の掘り取りです。
野生のキキョウやフジバカマが減った原因には、草原の減少に加えて、園芸目的の採取もあります。
絶滅危惧種を守りたくて庭に植えるのに、その苗が野生の株を掘ってきたものだったら本末転倒です。
苗は必ず、栽培品を扱う園芸店や生産者から買ってください。
ラベルに生産地が書かれているもの、地元で殖やされたものならなお安心です。
在来種の弱点も正直に
ここまで良いことを並べてきましたが、弱点も隠さず書いておきます。
正直、在来種の花壇は洋花の花壇ほど華やかではありません。
花の一つひとつが小ぶりで、開花期も短く、咲いていない時期は「ただの草むら」に見える瞬間もあります。
品種数も流通量も園芸品種にはかないませんから、近所の店で手に入らず取り寄せになることもしばしばです。
だから私は、庭をすべて在来種にする必要はないと思っています。
パンジーやペチュニアの鮮やかさと、在来種の楚々とした佇まいは、喧嘩せず同居できます。
花壇の一角、鉢ひとつからでいい。
「派手さの隙間に季節の野の花を差し込む」くらいの気軽さが、長続きのコツです。
まとめ
在来種の花は、日本の風土に鍛えられてきたぶん手がかからず、在来の虫や鳥の居場所になり、庭に季節の物差しを取り戻してくれます。
一方で野生では絶滅の危機にある種類も多く、私たちの庭は小さな避難所にもなり得ます。
始め方はシンプルです。
地域の在来種を調べ、オミナエシやキキョウのような丈夫な定番を、信頼できる店の栽培苗で一株植える。
オオキンケイギクのような禁止植物と、野山からの掘り取りにだけは気をつける。
それだけで、あなたの庭は今日から地域の自然の一部になります。
畑の隅で出会ったあの一株のキキョウは、いまも毎年花を咲かせています。
次の夏、あなたの庭にも小さな青い星が灯りますように。